記憶の海へ

――皆川燈・俳句Site
<< March 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | permalink | - | -

伝言〜短歌もどきの試験管をゆさぶって〜

あの人も歌びとくいと尖るあご黄金の髪はベールに隠し
息を殺して虫しぐれの谷へ

屠らるる牛の眸をひたと見しのちゆっくりと立ち去りしとぞ
生きたしよ秋草食みて蜜吸うて

透けていく摩天楼なり夕暮はひかりの箱がゆっくり昇る
衣縫うており天空の芒原

王族の血をたぎらせて浜木綿となるゆえひとり誰をも待たず
秋はゆくゆく血脈の重たさを

雪の朝へ生まれてみたが山鳩があまりにやさしく啼くから長居
アラベスク模様をたどり産声へ

病める葦も折らずといえど深く病むその暗がりを神は知らざり
憂鬱なアンドロメダは飲みほさん

月光に襟も袂も濡れそぼちあまたの母が解読を待つ
秋蝶に噛まれし指の先は雨

忘れてはいないはずだが面影はサラサラ零れ落ちて晩年
たましいがちぎれ海月か水母か

大いなる器に秋の水くめばしたしたしたと地へ染みていく
黄昏の奥にたたまれゆく家族

きらきらと少女ら憩う中庭の噴水はややはにかみており
はずんでゆがんでころがって地の果て

おみならはみなみずうみをひとつもちときにゆらしてさざなみたてたり
歩くかな夕焼の空の暗むまで

少年は権力を無化したかりきたった一人の少女のために
ワタシウマレタヨキョウユキガヤンダヨ

『パルチザン伝説』を夜ごと読む日々よ汝の柩の窓を思いて
アンデスのリャマの毛糸は炎いろ

晩秋のカルチェラタンを下りゆく焚火のあとはまだ焦げ臭き
闇市の茜のつららほころびぬ

のえらいてういちこやすこやきびきびと織り機は午後のシャトル飛ばしぬ
冬深し絹の着物という伝言

サラサラと乾いた砂に胡椒振り封筒に詰めて礫としたりと
逝く朝の皿に残りし焼き鰈

蛸壺からの連帯という葉書くる蛸壺ゆらす潮を思えり
新聞紙にくるまれぬくき寒玉子


恩寵か罠か雪崩るる冬銀河  (らん詠・テーマ「壊」)  

(『らん 76号』17.1.10)

『舟歌』以後 | permalink | comments(0) | -

「『狂うひと』の哀しみ」

 梯久美子の『狂うひと』を一気に読んだ。島尾ミホの評伝ではあるが、もう一つの島尾敏雄論といってもいいだろう。特攻隊の隊長としてミホの住む加計呂麻島に着任した島尾敏雄は、ミホの「隊長さん」である以上に「小説家」だったのだ。 
 読み進むにつれて、学生時代に『死の棘』を読んだときの衝撃が昨日のことのようによみがえってきた。「あいつ」をめぐる二人の強烈なぶつかり合いに息をのみ、狂ったミホと一緒に精神病院に入院する敏雄に、私もミホのように「隊長さん」を見ていた。「私の隊長さんはどこにいってしまったのでしょうか」というミホの嘆きが、私の心にも焼きついて離れなかった。加計呂麻島は私にとって、対幻想の聖地のように思われた。
評伝では『死の棘』の起爆剤ともいうべき「あいつ」をついに探し当てる。ミホの知られざる心模様も明かされていく。膨大な資料をもとに十年を費やした丹念な作業に圧倒されるとともに、どうしようもない哀しさを禁じ得なかった。
 島尾敏雄は女たらしである。悪い奴である。そしてとてつもない作家である。ミホは自身にはからずも付与された「巫女性」を汚すことなく体現しつづけるために狂うしかなかったのだ。戦争をこのような形で生涯にわたって引き受けた作家が存在し、戦争をこのような形で受苦しつづけた、作家の伴侶が存在した。この重さに改めて向き合わされた。

(『らん 76号』17.1.10)
俳句をめぐって | permalink | comments(0) | -

「茶化し」の行方――鳴戸奈菜第八句集『文様』を読む

 「俳句は茶化しの品位に於て自他を空ずるエロス、即ち自娯自作の呪文に過ぎない」……耕衣が鳴戸奈菜の第二句集『天然』の跋文で述べているこの一文を読んで以来、「茶化し」は鳴戸奈菜の俳句骨法の根幹をなすのではないかと思ってきた。諧謔とはちょっと違う。そこにはユーモラスなエロスとでも言いたいようなお茶目な奔放さがある。鳴戸奈菜が一貫してテーマとしてきた「非在世界の可視化」は、彼女のこうした言葉に対する奔放さのゆえに独自の世界を切り開くことに成功してきたと言っていい。
 鳴戸奈菜の「茶化し」は、本句集においては「只事への奇襲」に矛先を転じたように思われる。

  箱庭に大きな物は無かりけり
  昼のあと夕暮れとなり盆踊り
  首の上に顔あり薄く初化粧

 あまりにも当たり前すぎて詩のテーマには到底成り得ないと思われる事象である。しかし、彼女が定型に掬い取ると、時空に不可思議な歪みが生じる。思わず吹き出しながら、ふと現実が遠のいていくような怖さが背後から忍び寄る。

  命得てはじまる死のこと桜かな
  蟻も我も宇宙に生まれ死ぬ予定

 生死もこのようにあっけらかんと言い放たれると明るい神の審判のようではないか。「生」のいとおしさへの奈菜流の「茶化し」であろう。
 同じく耕衣文中にある「自己客観の自己」はまた、奈菜俳句の「茶化し」の長年のモチーフである。

  飼犬の昼寝の夢にわたくしか
  我かも知れぬ彼岸花見ておるは

 「私」にこだわり弄う手さばきは奈菜流「茶化し」の真骨頂かもしれない。 

  空棺が届けらる白椿の庭
  口にして寂しき言の葉紅葉す

 「非在世界の可視化」というシュールな言葉の刃は本句集でもこのように健在である。ここからさらに「茶化し」「自他を空ずるエロス」が新たなプリズムで立ち現われるのではないか。本句集はそんな予感に満ちている。

(『らん 76号』17.1.10)

俳句をめぐって | permalink | comments(0) | -

【書評】『詩の旅』(現代俳句協会刊)を読む

 鳴戸奈菜が第八句集『文様』と前後して、四冊目となる文章集『詩の旅』を刊行した。
 「第一章 俳句における間」「第二章俳句と〈火〉」は、共立女子大学発行の「文学芸術」に発表されたもので『歳時記の経験』(二〇〇五年刊)にも収められているので、ここでは「第三章 近代女性俳句の出発」(初出一九九八年、共立女子大学『研究叢書』)と「第四章 俳句月評(初出二〇一四年一月〜十二月、「東京新聞」連載)、「第五章 詩の旅」(初出一九八七年〜一九九五年「琴座」連載)についてふれておきたい。
 第三章で取り上げているのは竹下しづの女である。しづの女の「短夜や乳ぜり泣く兒を須可捨焉乎(すてつちまをか)」はいま読んでも強烈なインパクトがある。鳴戸奈菜はこの句とともに「乳啣ます事にのみ我春ぞ行く」を引き、家庭婦人ではなくて職業を持った生活者としての視点をもった女性として注目する。しづの女は自らの俳句が台所俳句として括られることに満足できない一人だった。しづの女の著作『女流作家論』の中から引用されている「各自の體験に基礎づけて創造せる自己の歳時記を自ら創制せよ」という一文は今でも十分に説得力がある。しづの女は平塚雷鳥と生年がほぼ同じ。俳句を「ホトトギス」に投稿し始めた大正八年頃には「青鞜」は廃刊となっていたが、しづの女は手にとったことがあったのではないだろうかなどと想像が刺激される。
 第四章は「東京新聞」に二〇一四年一月〜十二月まで毎月連載された「俳句月評」である。俳句界を概観しつつも、3・11、フクシマ、戦争といった厳しい現実を射程に入れた俳句観が展開されている。
 第五章は本書の中では最も古く一九八七年から一九九五年の『琴座』終刊まで連載された「詩の旅」をまとめたものだが、私は最も愉しくこの章を読んだ。鳴戸奈菜の一句鑑賞はいつも肩の力が抜けていて面白いのだが、我家のような『琴座』での連載だけに、のびやかにその本領が発揮されているように思われる。俳句は詠むより読む方が楽しくおもしろいという鳴戸奈菜の面目躍如の文章群である。

(『らん 76号』17.1.10)
俳句をめぐって | permalink | comments(0) | -

一句鑑賞「正月あそび」

   自畫像
賑やかな骨牌(カルタ)の裏面(うら)のさみしい繪
                    富澤赤黄男

 このカルタはトランプのことだろうか。骨牌と書かれることで玉突きやルーレットなども並ぶ酒場の暗がりが眼前する。自畫像という前書きはいわずもがなという気もする。鷹女は「羽子板の裏絵さびしや竹に月」「羽子板のつきくぼめたる裏絵かな」と詠んだ。同時代の先鋭な美意識の不思議な共振を思う。 

(『らん 76号』17.1.10)
俳句をめぐって | permalink | comments(0) | -

雨の樹のほうへ 38

最鳥渡る衣縫ふ鳥も居りぬべし (『夢殻』)

 昨年の一月から四ヵ月間、吉祥寺の着付け教室に通った。着物はほとんど持っていないし、母も着物を着る人ではなかったのだが、私はずっと着物に心惹かれてきた。まとうと全身がすっぽり覆われてはっとするような変化が起こる。襟の重なり具合、帯と帯揚げや帯締めの色の響き合い……改まった席に着ていく余所行きではなく、日常的に普段着として着物暮らしをしてみたかった。四ヵ月後、やっと怖がらずに着物や帯にさわれるようになった。それだけでもうれしい。着付け教室へと背中を押してくれた友人が亡くなったお母さんの残した着物や帯を、会社の後輩は亡くなった伯母さんの着物を体型が似ているからとプレゼントしてくれた。着付けを始めたと報告したら、田舎の叔母からも着てくれたらうれしいと着物と帯が送られてきた。はるかな母系が滔々と押し寄せてきて、さわさわと私を包むようだ。
 径子の俳句に着物にまつわるものはあるだろうかと句集を繰っていて改めて出会い直したのが、七四号の本欄で取り上げた「淋しき鳥春着一枚干しにけり」(『哀湖』)である。そのときは「春着」を漠然と春に着る服と思い込んでいたのだが、ふと歳時記を引いてみて驚いた。「春着」は新年の季語で「正月に着る晴れ着のこと」とあるではないか(私が思っていた春の服は「春服」という季語として控えていた)。例句もたっぷり並んでいる。晴れがましい句やほほえましい句が並ぶのに引きかえ、径子の春着のなんというはるけさ。春着は径子の全身を包み込んで新年の無聊を一日覆い隠してくれた。帰りついて脱いだ着物を吊り下げて風を通す。
 そのとき、何もかも脱ぎ捨ててすっかり軽くなった身体は、もはや一羽の鳥のようだ。
 この「淋しき鳥」は、径子の自画像としてさまざまな変奏曲を奏でていった。掲句の「衣縫ふ鳥」を書いたとき、径子の膝の上にはいつまでも縫い上がらない幻想の絹の袷が広げられていたのではないだろうか。
 皮切りは第一句集『鶸』に登場する「寒凪やはるかな鳥のやうにひとり」だったかもしれない。それは「淋しき鳥」を経て、『夢殻』所収の、掲句や「板の間を飛べない鳥としてきさらぎ」「春深し鳥のそら音をわれはしぬ」へとリレーされていった。
 着物を着たり脱いだりしていると、私も淋しい鳥の末裔のように思われてくる。遅まきの着物との出会いが径子との距離を近づけてくれた。


(『らん 76号』17.1.10)
雨の樹のほうへ | permalink | comments(0) | -

【書評】正津 勉 著『乞食路通―風狂の俳諧師』              ―「図書新聞」16.11.5号

 芭蕉の弟子、路通の生涯はほとんど不明であるという。本書はわずかに残っている資料と路通の俳句を手掛かりに、芭蕉と路通の心の通交に迫ろうとする一書である。
私が路通の名を記憶にとどめたのは、私の所属する俳句同人誌「らん」に、当時八十代だった中心メンバーの清水径子が載せた物語風の一文だった。「野ざらし」の旅の途中で芭蕉が乞食坊主、路通とバッタリ出会う。径子は「芭蕉はこの男に風雅を見た。『いちどわが庵に来なされよ』。この男が〈鳥共も寝入つてゐるか余呉の海〉のあの路通である」と綴っていく。一文の末尾は「芭蕉の愛顧にもかかわらず、蕉門人には嫌われ飄々と姿を消す。気になる人である」と結ばれていた。
 以来、路通は私にとっても気になる存在だったが、本書を読み進むにつれて、路通はくっきりとした存在として立ち現われてきた。
 路通の命名は芭蕉によるもので、奥の細道への旅では最初に同行を考えた門人であった。死の床で「なからん後路通が怠り努うらみなし。かならずしたしみ給へ」と言い置くほどの存在だった。
 それなのに、である。当代随一の知的集団とも言える芭蕉とその一門の人々が、仲間の一人である路通に対して差別としか言えないような、「いわれなき排除」を繰り返したのはなぜなのか。本書の眼目はその謎に迫ることでもある。
 おそらくその出自が影響しているのではないかと著者は推察する。
 路通の氏素性には諸説あるそうだ。「生没年? 二つ以上の姓名? 六つ以上の出生地? つまるところ生涯にわたってだが、なにしろやればやるほど迷宮入りするばかりという、よくわからない御仁なのである」と、論ずる著者がしょっぱなからお手上げ状態。「はっきりしているのは芭蕉に拾われたこと、そのとき乞食の態であったということのみ」。しかし、路傍の薦被り、路通と出会って、芭蕉は心動かされる。
 著者は後書で「素性、経歴、品行……。などなど諸点に問題があっても(略)ことその作品の評価について、まったくいかなる関係もあり得ない。そうであるはずが(略)差別として現れるのは、どういうかげんか」「そんなところに俳諧があるものか」と怒っている。
 路通は芭蕉の生前も死後もしばしば一句に芭蕉への思いをこめたと著者は看破している。 

  ぼのくぼに雁落かゝる霜夜かな  路通
  病雁の夜寒に落ちて旅寢哉    芭蕉

 たとえば、路通の芭蕉死後の右の一句は、芭蕉の名吟への時空を超えた挨拶ではないかと著者は記す。俳句を媒介とした二人の魂の会話に読者は引きずり込まれていく。
 当時の貴重な資料を、予断を交えずに丁寧に読み解き、著者と同郷、福井出身の水上勉に教えを乞い、同じく同郷の作家で俳人、多田裕計の『小説芭蕉』、明治・大正・昭和前期の英米詩壇で活躍した野口米次郎の『乞食路通』を地下水脈として援用しつつ、乞食路通の生涯に迫る。
 路通の生涯を辿りつつ、著者は「芭蕉と路通と。たとえれば両人は一枚の硬貨の裏表なのである。ほかでもない、路通は、芭蕉が生き得なかった風狂を生き貫かんとした、だからである。/しかし表なければ、むろん裏またなし。芭蕉あってこその、路通であったのだ」という感慨にいたる。
 著者は一昨年『忘れられた俳人 河東碧梧桐』も上梓されている。風狂の俳諧師や忘れられた俳人に着目するのは、彼等こそ、王道を疑いもなく歩いていく人々には見出し得ない俳句というポエジーの真髄に触れ得ていると確信するからだろう。芭蕉も乞食には成れなかった。
 帯文に爐弔乙曾媚畧篁伸瓩箸△襦つげ氏は、放浪の俳人、井上井月をモチーフにした『蒸発』で井月への共感を描いた。井月と路通には「どこかへ蒸発して流浪して生きていきたい……」そんな思いに重なり合うものがあるのかもしれない。つげ氏や著者にもまた。 
 風狂へのあこがれは、男のDNAに密かに仕組まれた、人生の突破口なのかもしれないと思った。

(作品社刊・16.8.10 四六判 248頁 本体2000円)
俳句をめぐって | permalink | comments(0) | -

ノスタルジア

倒れつつ昼顔となる二、三日

端居して天然パーマなり母系

びしょぬれの石段下りていくかなかな

とある日は翡翠を待つ雫して

水槽からっぽ父の金魚も父恋うや

落鮎の腹をこぼるるノスタルジア

月光からんと母方へ折れ曲がる


壊れつつ夜空へ帰る花火だった
(らん詠・テーマ「壊」)

(『らん 75号』16.10.10)
『舟歌』以後 | permalink | comments(0) | -

『らん 74号』同人作品七句を読む

  さうあれは蛇衣を脱ぐ息づかひ  片山タケ子

 蛇の衣が木の枝にかかっているのを一度見たことがある。国分寺に残る旧鎌倉街道の一角で透き通って揺れていた。あの枝で蛇は息をこらしながら静かに衣を脱いでいたのだろうか。
 
  七月の青い小鳥が逃げた家    鳴戸奈菜

 七月と小鳥の青が響きあう。この家は緑陰に染まりながらひっそりと蹲っている。軽い筆致だが、倖せの青い鳥が飛び去った家では、老夫婦がスコーンなど食べながら午後の紅茶を飲んでいるようだ。

  野火走る活断層が白地図に    服部瑠璃

 さまざまな活断層が列島の下を走っている。各地の原子力発電所の下にも、あるいは私たちに日常の下にも。白地図に活断層の野火を幻視する力を磨滅させてはならないと思う。

  バンジョーの一人髭づら風光る  腐川雅明

 バンジョーといえばカントリーウエスタン。髭づらの男はたぶん昔取った杵柄でかき鳴らしているのだろう。髭はごましおだし、隣のギターのポニーテールの銀髪が風に光っている。

  書を捨てよとは修司が言いて稲光  藤田守啓

 寺山修司が「書を捨てよ、町へ出よう」とアジってからはや五十年近くが経った。書を捨てたのはよかったのか。いまや猫も杓子もスマホから片時も目が離せない。稲光は修司からの追伸かもしれない。

  夜の木は自由であるか青葉梟   三池泉

 どこにも行けない木も夜は自由に世界を歩き回っているはずだ。青葉梟はそれを知っている。しかし、では、立ったままの木は不自由なのか。美しい青葉を風に戦がせている姿に、改めて思いを馳せる。

  ぎしぎしに咎められゐてまだ此岸  もてきまり

  面白い名前の草だ。茎と茎を合せるとギシギシと音がするのだそうだ。たしかにあの草はちっともきれいじゃないしこの世のしがらみのように厄介だ。ぎしぎしが単なる季語を超えて存在感を放つ。

  石ころを拝めり一生涯の夏    山口ち加

 丸い石に神を感じる古代人の記憶は私たちの遺伝子に組み込まれている。「一生涯」と記されたことで今生のこの夏という感が深まった。野辺の石ころは無縁仏の墓のようにも思われる。

  子雀のムクロカラコロ神の掌に  結城万

「ムクロカラコロ」の片仮名が効いている。亡骸はすっかり乾いてさばさばと風に吹かれている。小雀の魂は神がそっと掬い取って掌で遊ばせているのだ。
散歩道でも裏の林でも生き物の生死は絶え間ない。

  考える手の中へ花であること   五十嵐進

 この手は真摯なあなたの手だ。花であることは私の悲願なのだけれど、私は花でいられるだろうか。あまたの死が花として大切に手のなかでいつくしまれることを願っている一句と読んだ。

  蛇の目蝶追ひて走れば黄泉国(よもつくに)    海上晴安

 蛇の目蝶のあの模様には、どこか妖かしの魔力が潜んでいるようだ。つい駆け出して気が付いたら黄泉の国の入り口ではないか。俳句という魔物に取りつかれた男の物語のようでもある。

  カラダという檻の中から桜見る   MM

「カラダ」が一瞬「ガラス」と読めて透明な檻の中で桜を見ているような錯覚に陥った。身体をカラダと書くことで生身の身体が無機質な存在となり、檻がなんとなく輝かしいものに転じたのは不思議だ。

  片陰に呼びてエホバを説きにけり  岡田一実

 エホバを玄関先まで説きにこられたこともあった。もし片陰に呼ばれていたら、耳を傾けてしまったかもしれない。「キリストは磔刑にして腋涼し」の句もある。エホバへの愛は対幻想の究極の形なのか。

  鍵穴にいる破れかぶれの玉虫   金子彩

 奔放な魂は、今日は玉虫となって、あろうことか鍵穴に不時着した。この鍵穴、いったいどんな扉の鍵穴なのだろう。破れかぶれとあるからには、恋しい男の館の分厚い鉄の扉なのか。奇襲が冴える。

  独活小屋の独活しげしげと立つて居る 嵯峨根鈴子

 日の当たらない独活小屋で独活は何を見つめているのだろうか。「しげしげ」は「じっと見つめるさま」であるが、ほの白い独活の淋しさの有り様でもある。
独活の淋しさに感染してしまいそうな一句。

  落椿唐紅の土饅頭        佐藤すずこ

 唐紅は紅より濃い深紅のこと。土葬のゆるやかな起伏の上に、死者を慰めるように落ちた椿が目に痛いようだ。死者を土に埋めるという葬送のやり方は人の心にもっとも寄り添うものだったかもしれない。

  汗のハンケチ誰とも会わずに午後 清水春乃

 何もしなくても流れる汗、少し湿ったハンケチ。「汗のハンケチ」が無聊をかこつ夏の午後の淋しい時間を言いとめている。これできっちり十七文字。こんな十七字の使い方もできるのだと改めて思った。

(『らん 75号』16.10.10) 
俳句をめぐって | permalink | comments(0) | -

百花繚らん【選評】

●稲瀬白子
無表情という安堵あり夏の果て
この思慕の茂りや足元暗くして
しょうがないなぁもう と烏瓜の花
※一句め、「無表情」が「安堵」の仮面であることをこの句は告げている。「夏の果て」の憂いが翳を濃くする。二句め、「思慕の茂り」に立ちどまった。思慕と茂りの結びつきがいい。「思慕」に草の濃い匂いが立ちのぼる。三句めの口語も、烏瓜の剽軽な花に似合っている。

●稲冨昭
黄金虫産み継ぐ黄泉の矛と盾
滝壺にアダムとイブの日記読む
霍乱の白き次元や亀に乗る
※「アダムとイブの日記」には初原の言葉が煌めいているだろう。水が激しく落ち込んで泡立っている滝壺こそそんな日記を読むのにふさわしい場所である。不思議な場所がもう一つ。「霍乱の白き次元」から亀に乗る。夏バテで横たわる夢の底で見た夢だろうか。

●海上直士
往来の 葉の上光る 天の川
朝鳥の 声聞こえて 黄金色
※外界と自分の接点を敏感に探って俳句に凝縮しようとしている。葉の上に光る天の川の発見、朝の囀りを黄金色ととらえる言葉感覚をさらに磨いてほしい。上中下の間の一字明けは必要かどうかよく吟味してください。

●桔梗たかお
句読点なき曼珠沙華手折るかな
黒揚羽時刻表にはない時間
かなしみの一球をみる夾竹桃
※季語から未発掘のパワーを掘り起こして詩にすることは、俳句を書くときの醍醐味だろう。「句読点のなき曼珠沙華」は比喩が見事。時刻表にはない時間を飛ぶのは「黒揚羽」しかいないだろう。「夾竹桃」の「一球」は野球ととらないほうが面白いと思った。

●小林はるみ
立ち尽くす母の両手の菜種殻
のうぜんの盛る家宅を弔問す
空蟬を集めて息を吹き込みぬ
※一句めの「菜種殻」がいい。茫然と立ち尽す母に万感の思いがこもる。命を盛りと咲く「のうぜん」が弔問の家の悲しみを深める。「家宅」が「火宅」に重なる。空蝉に息を吹き込むのは魂の錬金術だろうか。悲しみがにじむ。

●柴田獨鬼
夕立に追はれ少年新記録
優しくはなれぬ終日溽暑かな
虫のこゑ右耳ばかりよく聞こえ
※一句め、「夕立に追はれ少年」まではすごくいい。しかし「新記録」はどうだろう。ここから「詩」にどうもっていくか。あと一歩深めていきたい。二句め、「優しくはなれぬ」理由が「溽暑」であるようかのような単純な構成になってしまっていて惜しい。三句めは「右耳ばかり」が巧み。「虫のこゑ」が聞こえてくるようだ。

●関根順子
ゴスロリは真夏の夜の夢誰の夢
背が切れし空蝉がゐる刹那
更衣してがらんどうなるマトリョシカ
真昼なり古いオルガン拗ねてる夏
※一句め、「ゴスロリ」という現代のマジカルな省略語を俳句に持ち込んだチャレンジ精神に乾杯。「真夏の夜の夢」も効いている。背が切れた空蝉、がらんどうのマトリョシカ、古いオルガンの拗ね具合にも作者ならではの感受性の鋭さを感じた。

●所薫子
廃線のシグナル錆びて蝉しぐれ
受験生帰省できぬと蝉の穴
空蝉の宿を揺らしてアイスバーグ※一句め、宮沢賢治の世界を連想した。「蟬しぐれ」で世界に季節の深まりが生まれた。二句め、「蝉の穴」が受験生の棲家のように思われるところが面白い。三句めの「アイスバーグ」は薔薇の名前だろうが、氷山と重ね合わせると空蝉の足のひんやり感が伝わってくる。

●三浦榛名
幽霊を連れてきにけり祖母の声
蝉時雨無口になりぬ二人連れ
取る物が見えなくなりて夏の果
※祖母は母系の象徴である。一句め、祖母が連れてきた幽霊はその母かもしれない。二句めの二人連れも祖母と幽霊の二人連れだろうか。蝉時雨が三千世界に充満する。三句めの「取る物」とは、いざというときに持ち出すべき大事なものだろう。祖母の身辺のことなのかもしれない。作者が母系を見つめている。

(『らん 75号』16.10.10)
俳句をめぐって | permalink | comments(0) | -