記憶の海へ

――皆川燈・俳句Site
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わたくし

南天の実が大好きだった小鳥のとき

わたくしが倒れ伏したる雪野原

忘れ雪わたくしを待つ円盤あり

路地路地に囀りみちる歌舞伎町

針供養ふしぎな行列を見たり

エウロパの夜はふくいくと紙雛

琉球弧友が明滅していたり


風の便りと壁に刻みて死んだふり
(らん詠・テーマ「風」)

(『らん 77号』17.4.10)
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伝言〜短歌もどきの試験管をゆさぶって〜

あの人も歌びとくいと尖るあご黄金の髪はベールに隠し
息を殺して虫しぐれの谷へ

屠らるる牛の眸をひたと見しのちゆっくりと立ち去りしとぞ
生きたしよ秋草食みて蜜吸うて

透けていく摩天楼なり夕暮はひかりの箱がゆっくり昇る
衣縫うており天空の芒原

王族の血をたぎらせて浜木綿となるゆえひとり誰をも待たず
秋はゆくゆく血脈の重たさを

雪の朝へ生まれてみたが山鳩があまりにやさしく啼くから長居
アラベスク模様をたどり産声へ

病める葦も折らずといえど深く病むその暗がりを神は知らざり
憂鬱なアンドロメダは飲みほさん

月光に襟も袂も濡れそぼちあまたの母が解読を待つ
秋蝶に噛まれし指の先は雨

忘れてはいないはずだが面影はサラサラ零れ落ちて晩年
たましいがちぎれ海月か水母か

大いなる器に秋の水くめばしたしたしたと地へ染みていく
黄昏の奥にたたまれゆく家族

きらきらと少女ら憩う中庭の噴水はややはにかみており
はずんでゆがんでころがって地の果て

おみならはみなみずうみをひとつもちときにゆらしてさざなみたてたり
歩くかな夕焼の空の暗むまで

少年は権力を無化したかりきたった一人の少女のために
ワタシウマレタヨキョウユキガヤンダヨ

『パルチザン伝説』を夜ごと読む日々よ汝の柩の窓を思いて
アンデスのリャマの毛糸は炎いろ

晩秋のカルチェラタンを下りゆく焚火のあとはまだ焦げ臭き
闇市の茜のつららほころびぬ

のえらいてういちこやすこやきびきびと織り機は午後のシャトル飛ばしぬ
冬深し絹の着物という伝言

サラサラと乾いた砂に胡椒振り封筒に詰めて礫としたりと
逝く朝の皿に残りし焼き鰈

蛸壺からの連帯という葉書くる蛸壺ゆらす潮を思えり
新聞紙にくるまれぬくき寒玉子


恩寵か罠か雪崩るる冬銀河  (らん詠・テーマ「壊」)  

(『らん 76号』17.1.10)

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ノスタルジア

倒れつつ昼顔となる二、三日

端居して天然パーマなり母系

びしょぬれの石段下りていくかなかな

とある日は翡翠を待つ雫して

水槽からっぽ父の金魚も父恋うや

落鮎の腹をこぼるるノスタルジア

月光からんと母方へ折れ曲がる


壊れつつ夜空へ帰る花火だった
(らん詠・テーマ「壊」)

(『らん 75号』16.10.10)
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花文字

暗澹と真紅にひらく魚の鰭

からたちのさびしい花がわっと咲く

たったひとつの花文字探す旅なのか

夏沼を抱えて母はセピア色

破り捨てたはずの手紙が黒揚羽

王国はここ越境の黄のあやめ

えごの花咲いてこぼれて留守である

覗きこむ臍の奥なる青山河 (らん詠・テーマ「臍」)

(『らん 74号』16.7.10)
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応答せよ

なにを逃れんと羊歯原をかけくだる

蠟梅の奥の氷河が崩落す

蹴ってみる雪片という儚さを

早春のアンモナイトよ応答せよ

春の岸自己と非自己がせめぎあう

啄木からの手紙とおもうしゃぼんだま

影の小枝揺らしてさえずりはまるし

うたた寝のマリーを月光が焼く (らん詠・テーマ「焼」)

(『らん 73号』16.4.10)
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秘 密

まっさおなポンポンダリアなら許す

仏壇の混み合っている日曜日

竜胆すっくと人の世の出入り口

たましいをもめばかすかに林檎の香

足指に古地図かいなにカシオペア

黄昏をためて吹かれている鴨よ

古雪町吹雪の夜は息つめる


難波(アジール)の晩秋へ波ひたひたと 
(らん詠・テーマ「難」)

(『らん 72号』16.1.10)



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しずかな沼

父の訃は紅葉あかりをこぼしつつ

てのひらの通草から夜へジャンプ

まどろみの淵で咲きなさい 月よ

しずかな沼のしずかな水鳥として生きる

帰る燕に薔薇色の塔は見えているか

金木犀の明日へむきたる寝椅子かな

糸光らせて曼珠沙華からどこへ

毛糸玉に深く針さし黙祷す

オブラートに包む風・声・粉雪

こんな小さな金魚となりて冬籠

(『塵風 第六号』2015.10.10)
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晩年

小鳥見においでよ滝しぶき浴びようよ

犬のかたちのいのちとなりて天の川

おはぐろが待つ階段は濡れている

夏暁のメゾソプラノに身をひたす

夜は秋のコールスローと友情と

晩年やきつつきに穴あけられて

この世に湧き出して真っ白秋の蝶

(らん詠「安」)
こおろぎは壺に飼われて天安門

(『らん 71号』15.10.10)
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『緑色研究』入門  〜短歌もどきの試験管をゆさぶって〜

嬰児蠅瞳向日葵ポロネーズみなさみどりの体毛もてり
おそるべきさみどり蝶になる前の

大いなる桜大樹につながれて小さな家はどこへもゆけず
デラシネの次女が立ち寄る春のバル

立川駅に滑り込むとき中央線は子犬のように鳴くことありぬ
逃げ水やわたしの犬がふりかえる

うれしさにたまらんとばかり追いかけておさえていたりうすばかげろう
翡翠の自爆へ藤のつるそよぐ

傷んでる? 泣いて瞼をはらしてるだけではあるがそうかもしれぬ
左岸というやさしさへ靡け梅花藻

あおみどろうかべまどろむ古沼を脚そよがせてゆきすぎにけり
著莪の花咲く入口がみつからない

鞠投げあったりして幸せな日々でした市ヶ谷本村町は新緑
花盛りの森よ日当るバルコンよ

森の奥へ電車大きくカーブして乗客はみな影絵のごとし
囀りやまず地球へ戻りそこなって

散骨の水辺に立ちてながめれば湖はさざなみ歌いつつくる
小梨咲きたましいやわらかくなりぬ

駅前のボクシングジムの看板の赤いコブシが虚無へ突き出す
長考の迷路をゆけば桜実に

西多摩の若草色のガスタンクまるくひかって百年後もあるか
埋めもどす廃都の月のかけらかな

毛づくろい邪魔されたからとりいそぎ歳月の裏へ避難したんだ
尋ね人の時間がはじまる新緑が痛い

図書館で『ときめき片づけ術』借りてドコモへ寄ってそれからどこへ
檸檬ぎゅっと搾れば裾野はるけしや

ヒナギク荘二階に一人まどろみて三〇〇年をうかと過ごせり
悲しみのおかっぱとなるクレッソン

夕暮は河骨点る沼となる水の国にも夕餉あるらん
黄昏をとろりかきわけ亀ゆけり

石段を下れば電話ボックスが今にも流されそうに立ってた
青梅をころんと夜のはじまりに

ひたひたと寄せる近江の真水あり浮御堂まで歩いて候
さみだれのにおい緑色研究は

「らん詠(「羽」)」
翅できるまでさみどりをひたねむる

(「らん 70号」15.7.10)
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紅ともす

はみだしてさえずりやまぬ椿だった

雪の塔から無数の道が雪の野へ

きさらぎは汚れた鞠ではずんだ鞠で

夕闇が始まる風花が帰る

箸老いて紅梅の紅をともしぬ

捨てられて若草の香の乳ふふむ

春野ゆく衣縫う鳥を探し探し

「らん詠(命)」
いのち幾度うまれかわれば萌黄色   

(『らん 69号』15.4.10)
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