記憶の海へ

――皆川燈・俳句Site
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【書評】正木ゆう子 著                             『猫のためいき鵜の寝言 十七音の内と外』                     ―「図書新聞」18.12.1号

 本書は西日本新聞に二〇一八年五月から七月まで土日をのぞく毎日、十週連続で掲載されたコラムをまとめた一冊である。
 ほぼ毎日八〇〇字の文章を一〇週にわたって書くという作業はなかなかしんどいことではないかと思うが、「週一回ならば一年かかる回数を、二か月半で書くことは、大変どころか、思わぬ楽しさだった。」と著者は記す。
「そういう書き方のエッセイは、どこか俳句と似ている。普通なら素通りするような何でもないことを言葉にするのが俳句ならば、短いエッセイも、誰にも起こっている普通のことを掬いあげて書くのである。」(あとがき)
 そんな著者の心楽しさが横溢する弾みのある文章と、末尾に置かれた俳句の絶妙な交響にたちまち引きこまれた。
二階の仕事場と一階の台所を行き来する日常、夫と車で出かける旅、飛行機での故郷熊本との往来……著者の日々のそこここから俳句が湧き出している。文末に置かれている俳句にはすでに句集でお目にかかっているのだが、そうか、こういうことだったのかと新たに出会い直すような楽しみも本書の魅力だ。
 著者も六〇代半ばにさしかかり両親や親しい人々との別れがつづく。降り積もる淋しさを俳句が受け止める。熊本市健軍町は著者の故郷だが、「健軍町行き」の項では、「人に伝わってこその俳句だが、これは伝わらないだろうな、それでもいい、と思って作る句がたまにある」と著者は明かす。「どこか奥深い急所に触れて、なかなか忘れることができなかった」想念も、「俳句にすれば、あっさりと片付けることができるのである。/十七音の俳句という小さな箱に入れ、ラベルを貼って棚に仕舞う。思いはもう私のものであって私のものでなく、棚に並べて眺めることができる。/こんなときの俳句は、まるで作り手が俳句に助けを求めているようなものである。」
そして、次の一句が最後を締めくくる。

  根の国へ最終市電春灯

 伝わらなくてもいいと思って作った一句かもしれないが、エッセイを読み一句を読むと、同世代の私もまた「最終市電の灯」が遠ざかっていくのをじっと見送りながら、ずいぶんはるかな場所まで連れていかれたような気がした。文章だけだったら、こうはいかないにちがいない。
 著者は「たった一度すれ違った人、一羽の鳥、過ぎった思い。微かなそれらを、俳句とともに書き留めてみたい」と書く。微かなものの中には蝶がいる。石がいる。風が、蛸壺が……しかし、やがてそれは酵母や漢字の文字や納豆にまで飛び火。読みながら意表をつかれ、思わず噴き出したりしているうちに、深まっていく日々は哀しく淋しいだけでなく、暖かく懐かしいものであることが心に染みてくる。
 さしたる変化もなく繰り返される日常のいったいどこから詩を汲み上げて俳句に凝縮させるか。俳句を書く人なら、さりげないエッセイを通じて著者が俳句創作の秘策を惜しげもなくさらけだしてくれていると感じるかもしれない。「忘れられないときは、俳句にする」。しかし「忘れようとして詠んだのに、句にしたせいで」いっそう鮮やかに刻印される。それが俳句だ。だから、あの一瞬を俳句にしておくだけで、鮮やかに手繰り寄せられるのだ。3・11以降、著者は福島や熊本などの小学校で俳句教室を開いてきた。その授業風景が三回にわたって描写されているが、ある雨の日の授業のときに思いついたという「心の中を見てみよう」などはまさに著者の面目躍如。小学生たちと懸命に向かい合う著者から、俳句への愛がほとばしっている。
 はるかな宇宙との魂の交感は著者の俳句の魅力であるが、本書の掉尾「星糞峠」は石器時代の黒曜石の鏃にふれてこんな文章で締めくくられている。
「遺伝子の螺旋を辿って自分の奥深くへ分け入ってみれば、その頃の痕跡が残っているだろうか。螺旋の奥の遥かな太古に、私は私の裡で辿り着きたい。」
 かつて著者が「〈今〉は私の存在そのものであり、厳密に言えば私の命のことであった」(『十七音の履歴書』)と記していたことを思い出す。「私は私の裡で辿り着きたい」という一文から著者の万感の思いを手渡されたような気がした。
 そして、最後の一句は、「地に星糞天に星糞去年今年」。
「星」と「糞」の二つの文字のギャップに心をときめかせる著者のお茶目な一面は、「猫のためいき鵜の寝言」という本書の楽しいタイトルにも表れている。表紙や扉を飾る少女は著者の化身かもしれない。

(春秋社刊・18.10.17 四六判 144頁 本体1700円)
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一句鑑賞「秋の雨」

雨ふれば雨ふる黄泉か菊膾
       中尾壽美子

 雨が降る。世界が雨音に満ちる。秋になったのだ。過ぎてゆく時間の裏側に、パラレルワールドのように黄泉が透けて見えてくる。一句を「菊膾」で言いとめたとき、花びらを食べるという人の営みの憐れさが改めて浮上してくるようだ。昔、夫の母に教えてもらって、菊膾をはじめて自分でつくった。菊は薄紫色の「もってのほか」。シャキシャキと繊細な歯ごたえとほのかな香りに感激した。
「きつね雨黄泉にも春のあるらしき」は掲句と同じ第四句集『舞童台』の句。壽美子はいつも黄泉の消息に心を傾けていた。


(「らん 83号」18.10.20)
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耕衣一句鑑賞――『吹毛集』を読む

籠の目を雑木と思ひ頬白は

 いつだったか、清水径子の自宅で開かれた句会で、径子から教えられた一句である。話の経緯は忘れたが、「籠の目を雑木と思」う頬白には、囚われの身の哀れさではなくて、どこか滑稽で剽軽な命の懐かしさのようなものが漂っていると径子は話していた。それ以来、私にとって忘れられない一句となった。
 ひがな一日、籠の中で止まり木を行ったり来たり、餌をついばんだり、囀ったりしながら、頬白はふと遠くを見る。この囚われの場所をわが天地と思い知るときにはじめて、美や自由は見果てぬ夢としてやってくるのだ。雑木は山林へ、そして自由の天地へと広がっていく。空へと羽ばたけぬ翼は、それゆえにもっと広い無窮の空を得た。五十代半ばとなった耕衣は、縁側の鳥籠をかたわらで頬白とともに視線を遠くにのばしているようだ。
 籠の目を雑木と思う頬白に仮託して耕衣は、生き物の命の有限さと、それゆえの眼差しのあたたかさを伝えたかったのではないだろうか。籠はそのとき、非情な檻であるいっぽうで、命を包むやさしい器でもあったのだ。人間も鳥籠の頬白とさして変わらない夢を見、生を生きていることを、この一句は懐かしく描き出している。    

(『らん 82号』18.7.20)
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フモールとイロニー[海上晴安さんを偲んで]

 海上晴安さんは、旧琴座の同人として、第二号(一九九八年七月発行)から「らん」に参加された、いわば最古参のメンバーだった。私は海上さんの俳句に接するたびに、背後から耕衣の笑顔が浮かび上がってくるように感じたものだ。琴座時代に耕衣との間で交わされた俳句を巡る往還は、耕衣なきあとも、「らん」という場を借りて海上さんの心の中でしずかに熱くつづいていたのだと思われてならない。
 井上有一をリスペクトする書家たちのグループ展、「天作会」に作品を発表され、「心の花」で短歌を「東京四季」で詩を発表しつづけておられた。書道展には足を運んだことがあったが、短歌や詩の活動もなさっていたことを亡くなって初めて知った。
 「らん」七六号のエッセイに、五歳のときに都電の事故で片足をなくされたが成人してからはそれを跳ね返すようにボディビルに目覚めオペラを歌うようになったと書いておられる。幼年時の不慮の事故はその後の海上さんの人生に大変な影を落としたに違いないが、ボディビルやオペラのくだりに触れ楽しくなってしまった。そんな海上さんだから、晩年にご病気を得てしばらく休詠されたが見事に復活された。次第に容体も安定され、お元気になられると思っていた矢先の訃報だった。
 創刊当時の「らん」を何冊か繙いてみた。当時は毎号全員でテーマを定めて短文を俳句の下に掲載していたが、海上さんのエッセイは三鬼あり、草城あり、またトーマス・マンあり、サルトルあり、スタンダールありと多彩であ る。
 フモールとイロニーは海上さんの終生のテーマだった。五十嵐さんに五十号以降から五十句をまとめていただいたので、ここに「らん」草創期の海上さんの数句を上げてささやかな哀悼としたい。 

  花見時パクリと開くニヒリズム   (二号)
  純粋理性とは卵立つこと春立てり  (五号)
  青嵐立原道造も道も        (六号)
  無花果に喰はれたる夢真昼中    (八号)
  ほくそ笑む手毬春風馬堤曲     (九号)
  はつなつの雲に存在見―つけた   (十号)


(『らん 81号』18.4.20)
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『らん 80号』同人作品20句(前半七名)を読む

 「らん」80号では同人全員で二十句に取り組んだ。今号のらん反射は三人で分担して、同人の二十句に分け入ってみたい。

●五十嵐進「鉄を枯らす」
 詩の原郷は産土にある。会津・喜多方で農をつづける五十嵐にとって、俳句を書くとは3・11以後放射能に汚染され続ける「フクシマ」を書くことに他ならない。俳句下のエッセイで「自分の枠」を思うとして、「俳句は大衆文藝の様相を持つがゆえに、かえってその『枠』を意識する意味があるように思う」と記す。五十嵐は3・11以降、定型を「枠」と言い換えることで、自らの俳句を「フクシマ」という場所で措定し直したと言える。

  鉄を枯らす技彗星の尾の光り
  枯らし鉄が作る精密作文機

「鉄を枯らす」という比喩は放射能汚染という以上に人間の暴走の深部を突き刺す。
 汚染された大地、死者たちとの会話がつづく。

  木の風の星のことばで地の被曝
  木枯らしが吹き抜けていく胃の腑
  見つめあう眼鏡の奥の銀河系

 私たちの世界を形づくる命の一粒一粒が3・11以後の世界の産物であり、銀河系である。

●海上晴安「メランコリックなる日々」
 俳句を書くということの切実さを、五十嵐とは違った意味で私たちに突きつけてくる作品群である。

  芋羊羹これが最期と毎日喰らふ
  排便の有無聞かれける芋名月

 回復期のリハビリと希望を持ちつつ俳句をしたためる作者の句は、どこかユーモラスで温かい。

  仲秋に届くや小回りの利く車椅子
  秋晴やボート漕ぎたき井の頭
  夕べにはクラシックよしロックよし

 病床で柔らかい思索をめぐらすとき、俳句という定型は作者の命を盛る器となったことだろう。
ミニエッセイには病床でのエピソードが軽妙につづられ、こう締めくくられている。
 「まさに、生きる、生きているということだ」。人が生きるとはこういうことなのだと教えられた。

●M・M「パン屋の娘」
 在日三十年余とはいえ、日本語を母語としない作者の表現にはいい意味で意表を突かれることが多い。
 
  便衣隊追いつ追われつ秋の宵

 私は便衣隊という言葉をこの句で初めて知った。民間人に偽装した軍人たちのことで、日中戦争に関連して使用されるという。様々な議論をはらむ言葉を一句に呼び込むときには、ある種の跳躍が要求されるだろう。作者は政治的な背景よりも「便衣」という字面そのものに興味を覚えたのかもしれない。

  ソカロに集う骸骨に月夜茸

 一転して「ソカロ」はスペイン語。これもまた私には初めての言葉だったが、広場のことでアステカ帝国の重要な場所だそうだ。読者に調べる労をとらせてでも「ソカロ」とすることで、骸骨と月夜茸というシュールな取り合わせをくっきりと浮かび上がらせることに成功している。

  反り返る角兵衛獅子の冷える耳

 「角兵衛獅子」とはまたレトロな……と思ったが、「冷える耳」でなるほどと納得した。角兵衛獅子は異界の不思議な動物として作者のアンテナに引っかかってきたのだ。獅子舞の原義へとさかのぼりたくなってくる一句である。

●岡田一実「名月譚」
 月でつむぐ二十句の世界である。今号の作品の中で、唯一キーワードを中心に展開した作品群である。次々に連鎖しながら物語が進行していくので、百韻などの古形が意識されているのかもしれないが、その方面に疎いので、勝手な読みでお許しを願いたい。
 まずは朝から夕方へ次の三句で一気に持っていく勢いは見事。

  朝にして名月を請ふ深空かな
  塾田津の今は月待つ陸の栄
  ゆふがたのかたぶく岸や月のぼる

 塾田津などの歌枕を織り込みつつ、幻想の浜辺に月はしずしずとのぼっていく。
 
  また節を間違ふ笛や月今宵
  月天心貧しき骨の煮干しかな
  月さやか久女の鯵のよく焼けて

 祭の笛の音が切れ切れに届く炉辺に蕪村や久女を呼び込みつつ、市井の秋の夜は更けていく……と思いきや、一転して場面が変わる。

  戦火や良夜の馬は目をば病み
  みづうみの芯の動かぬ良夜かな
  月は西刃物は水に沈みけり

 最後に良夜の深奥に潜む不穏なかたまりをずしっと手渡される。虚実の綯い交ぜかたが絶妙である。

●片山タケ子「毒の一滴」
 一句一句にキーワードがしかと置かれて、印象を際立たせている作品群である。

  首のなき人形抱くや火の恋いし
  女らは鏡に老ゆる神無月
  雪の夜やロシア民謡重く低く

 「首のなき人形」「鏡に老ゆる」「ロシア民謡」……これらのキーワードから浮かび上がってくるのは、作者の寂寥感である。キーワードに伴走する季語がその色合いを濃くしているようだ。

  曖昧は月の砂漠に埋めちまへ
  立冬の皇帝ダリアいくじなし

 これらの激しい言挙げは、ままならない現世のいら立ちをいささかストレートに表し過ぎているかもしれない。しかし、いかんともしがたい寂寥感を乗り切るにはこのストレートさが必要なのだ。

  寒晴やゴリラはあつく胸叩く
  雀蛤に手取り足取りかな

 ゴリラは作者であろう。蛤にならんとする雀に手取り足取りしてしまうのもまた作者。これからも熱くあがきつつ、生のいとおしさを歌い続けてほしい。

●久保妙「聖家族」
 作者のしずかな冬の日々に「十日目の嬰児」がぽっかりと浮かんでいる。

  十日目の嬰児笑みて冬に入る
  嬰児をポインセチアで迎えたり
  初子待つ小さきベッドにサンタぐつ
  寝室の聖樹点滅聖家族

 作者の初孫だろうか。やがて母子は家に帰ってくるだろう。いや母親は「帰る」が正しいが、赤ん坊は「初来訪」と言うべきか。ともかくも新たに出現した命はしずかさの中でしんしんと待たれているのだ。その赤ん坊を取り囲むように作者の静かな日々がゆっくりと過ぎていく。

  冬温し米の艶めく夕餉かな
  冬至湯の肌にちくちく刺さりけり

 赤ん坊はまだ来ない。夕餉の卓は誰と囲むのだろうか。冬至湯に身を沈める作者の内奥が「ちくちく刺さりけり」でほんの少しだけ覗けたようだ。

●嵯峨根鈴子「棘抜き」
 さまざまに刺激的な俳句の現在をサーフィンしながら、自らの俳句に磨きをかけている作者である。

  恋慕渇仰キツツキが止まらない
  ホッチキスのあれを虫てふ鳴かせてみたい
  狐火の最終バスを見送りぬ

 耕衣は「薄氷のいろうて居れば穴あきぬ」と詠ったが、作者は季語を「いろうて」世界に穴をあけているようだ。

  丹頂の触れればくぼみさうな紅
  火恋し音の濁れるラシャ鋏

 視覚、触覚、聴覚で生き生きとリアルに世界を切り取る腕はますます冴えわたる。

  棘抜きを夫に貸したる去年今年
  はなびらもち牛蒡が実話めいてきし

 物語はどこまでも実話めいていくようだ。
 ここで、七九号の特別作品「少し歩けば」にも触れておきたい。作者は八十号のらん反射で自作にふれて「十七句のほとんどの句は、わたしとしては写生の句である」と述べている。抽象的、幻想的な句もせんじ詰めれば、作者が世界を写生した産物であり、読者がどこまでその世界に共感できるかだろう。
  にふだうぐも虚に至るまで白線引く
  食べるたび枇杷の恥ぢらふビワの種
  むかうにも海月の沈む地下のバー

 炎天下で白線を引き引き歩いていく作者がまさか「虚」を目指しているとは誰も気づくまい。「にふだう雲」が「虚」に奇妙な実態を与えている。枇杷は作者の自画像にちがいない。美しい形と大きすぎる種のアンバランス。「恥ぢらふ」に作者の美学を感じる。「向かう」は他界だろう。地下のバーでくつろぐ「海月」は懐かしい人々の魂である。

  打ち上げられたところで待てる瓜の馬
  人々は家へと帰る虫取撫子
  ローソンの二階は余白フルムーン

 心というカメラのレンズの屈折率が写生のオリジナリティを深め、俳句における写生とは何かということを読者につきつけてくる。

(『らん 81号』18.4.20)


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【句集評】巣という迷宮――増田まさみ第五句集『遊絲』を読む

 句集をひらくと、巻頭の一句からたちまち未知の言葉宇宙が立ち上がってくる。一句一句が暗黒の宇宙空間にぽっかりと浮いた天体のように謎めいて存在している。増田まさみの句集は、いつでもそんな驚きと感動を私にもたらしてくれる。最近観た映画『メッセージ』では、未来予知能力のある言語学者が時間の流れを逆流させるかのような脳内トリップ(?)によって、異星人との意志疎通の鍵を見つけていく。
 増田まさみの俳句は遠い未来からの伝言のようでもあり、太古からの消息のようでもあり、異星人との対話のようにスリリングである。解読のきっかけをつくるのは記憶の古層に埋められている化石かもしれないが、それが実はこれからやってくる未来かもしれないという逆転を秘めている。

  かげろうや太古を奔るわが屍
  あめつちや罪か罰かと亀鳴いて
  紅梅や先祖返りの舟いでゆく

 いちおう、季語が第一のキーワードということになるだろう。「かげろう」は時空をワープする通路だ。だから太古へたちまちに降り立てるし、未来の私が屍となって走ることもありだ。
 次の句はちょっとむずかしい。実際の亀は鳴かないのに「亀鳴く」という季語自体、シュール。で、鳴かないはずの亀が「罪か罰か」と鳴いているのは、「あめつち」つまり世界の有り様自体への疑義のざわめきなんだろうな。
「紅梅」は妖しい。色も香も悩ましい。紅梅の辺りにはいつも小暗さがたちこめている。「先祖返り」は、辞書によると「生物が進化の過程で失った形質が、子孫において突然現れること」だそうだ。この舟は、お椀の舟に箸の櫂で決まり。死者に向かう旅はミクロの決死圏への出発なのだ……。
 このように読むことも許されるだろうという融通無碍な懐の深さが、増田まさみの俳句を魅力に満ちた迷宮にしている。
 迷宮と言えば、こんな句がある。

  老鶯や巣は迷宮と言い添えて   まさみ

 「老鶯」は必ずしも老いた鶯と考えなくてもいいとはいえ、世界を差配する老いた魔女のようなイメージを喚起する。この句はぜひとも隣に鷹女の、

  老鶯や泪たまれば啼きにけり   鷹女

の一句を置いて、じっくり味わいたい。鷹女の句は晩年のやるせなさがにじむ。「啼きにけり」が激しくも切ない一句だ。いっぽう、まさみの句は、「巣は迷宮」と謎めいた伝言を残して飛び去った老鶯が幻視される。からっぽな鳥の巣のふんわりと風をはらんだような軽やかさも伝わってくる。
 句集に分け入るにつれて、少しずつ謎が解けていく。

  誰も去(い)ぬ天上へ巣を返すため
  淡雪や巣藁に潜むおとうとよ
  晩秋の鳥籠のまま翔びゆけり
  鳥籠に数羽のわれや山ねむる

 なるほど、巣は森の奥に残されたわけではなかったのだ。あなたも私も使徒、老鶯に導かれて、いずれ巣という迷宮を天上へ返すために旅立つ存在だ。この迷宮は淡雪をかぶり弟を匿ってやさしい。巣という迷宮には地上ですごした時間が丹念に織り込まれているだろう。鳥籠は梢にかかる巣への憧れを秘めた哀しい、もう一つの迷宮だろう。
 さて、本句集は〈機/紊侶蝓咫勠供\罎侶蝓咫勠掘”の穴〉に章わけされ、帯文には「〈穴〉は再生のシノニムである」と記されている。

  緑陰や穴には穴を充たしけり  
  人体の穴は灯りか萩かるかや
  蝉穴も火口もさみし歯を磨く
  からっぽの柩なれかし冬北斗  

 穴は土の匂いがする。蝉穴も火口もさみしいが、口腔もさみしい穴だ。そのさみしさは命そのもののさみしさ。穴の暗がりは産道のほの暗さだ。巣は魂の入れものとなって山野を飛び、穴は地にあって命をかもす。だから柩はいつもからっぽなのだ。
 表紙画は川柳作家墨作二郎氏の手になる。また、集中には畏友六車明峰氏のまさみ句をしたためた「書」、山中ゆきよし氏の詩が収められていて、増田まさみを愛する人々の思いが伝わってくる。

(『らん 78号』17.7.10)
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百花繚らん【選評】

●稲瀬白子
白藤の我を忘れている母よ
丁寧に冗談言って苧環の花
認知症ともいう花馬酔木咲く
健忘のいとたくましき豆の花
※俳句の素晴らしさは何と言っても短さにある。多くを語らないからこそ、万感の想いが伝わってくる。「白藤」も「苧環の花」も「花馬酔木」も「豆の花」もこのように母であったことがあっただろうか。

●稲冨昭
雷鳥の落石ひゞく長き尾根
花影の石疊踏むさりながら
※「雷鳥の落石」は雷鳥が飛び立つときに崖の小石が転げ落ちたということだろうか。雪渓に木霊する落石の音が耳を離れない。二句め、「さりながら」に、「露の世は露の世ながら……」の一句が木霊のように重なる。立山や上高地の初夏のすがすがしさのあとから寂しさがやって来る。

●海上直士
菖蒲草訪ねて来たのは須佐之男か
ボクシングまねしてみせる父の病
※俳句は詩である。まずは季語や五七五と格闘してほしい。「菖蒲草」の一句は、季語が神話の主人公にリアリティを与えて愉しい。二句めにも、「父の病」が立ち上がる季語がほしい。

●桔梗たかお
芹くらき水を流してひと澄めリ
藪枯し空を摑みてから墓へ
はつなつの風や恋風躱しゆく
※一句め、「芹」の根を洗い流れる水を「くらき」ととらえ、芹が人間の穢れを身代わりになってくれたと見たと読んだ。「藪枯らし」も「初夏の風」も「ひと」の変身態として感受すると、面白い。俳句ならではのマジックである。

●柴田獨鬼
花の翳幽かな風の異界より
この国の螺旋階段夏隣
香水や壜の底より忘れ物
※異界より吹きつける「幽かな風」と「花の翳」を配した繊細さに共感した。「この国の螺旋階段」という把握も意表をついている。香水の壜の底にある忘れ物、何だろう。気になる。

●関根順子
うららかやゴディバの箱のリボン解く
「猫町」は路地奥にある冬のまち
花曇り詩人になれそうなんとなく
※「うららかや」という季語に「ゴディバの箱のリボン」はユニーク。「詩人になれそう」という感慨が「なんとなく」とはぐらかされるのも愉快。俳句ならではの奇襲をさらに。

●所薫子
飛鳥路を友と語りてスニーカー
青空にエゴノキ咲きてクマン蜂
※「飛鳥路を」の句、スニーカーのかわりに季語を工夫すれば、友との旅がくっきりと浮かび上がってくるのでは。「青空にエゴノキ咲きて」は面白い表現だが、「えごの花」という季語を使えば「咲きて」は不要。その分でさらにいろいろなことが言えそうでもある。

●丸田和子
花すぎの雨のしづけさ戻りけり
一枚のハンカチの花捨てかねて
春の夜の夫の骨壺けぶりたる
夏蝶に行きも帰りもさようなら
※俳句に詩を盛り込むことをよろこびとしている方と思う。「花すぎの雨」と「しづけさ」の取り合わせがみずみずしい。二句め、「捨てかねて」が効いている。「骨壺けぶりたる」には圧倒された。次回作が愉しみだ。

(『らん 78号』17.7.10)
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【書評】三宅やよい 著『鷹女への旅』                     ―「図書新聞」17.6.24号

 三橋鷹女は俳句の世界で近づきがたい孤峰のようにそびえたっている。第四句集『羊歯地獄』の自序の一文、「俳句を書くことは、一片の鱗の剥脱である」という厳しい独白は、あまりにも有名である。その作品の圧倒的な存在感の前に佇むばかりであったが、あるとき勤め先の二回りも齢のちがう同僚が「鷹女の句が大好きで図書館で全部ノートに書き写したんですよ」と話してくれてびっくりした。私の大好きな「ひるがほに電流かよひゐはせぬか」「月見草はらりと地球うらがへる」「炎天を泣きぬれてゆく蟻のあり」「絶壁に月を捕へし補虫網」などは、同僚の愛唱句でもあった。鷹女の俳句はとっくに俳句の世界を飛び出して広く深く愛されていたのだ。
 本書は鷹女を愛する人々に、ぜひ繙いてもらいたい貴重な一冊である。著者が現在副代表をつとめる「船団」に、二〇〇五〜二〇〇八年まで一五回にわたって連載したものがもとになっている。著者が夫君の転勤に伴って関西から東京に転居したときに、「船団」代表の坪内稔典氏から鷹女について調べて書いてみないかと提案されたのがきっかけだったそうだ。
 著者は鷹女の俳句に導かれるように、鷹女の生まれた成田に足を運んで貴重な資料に当り、面識のあった人々に取材し、ともに暮らした息子陽一氏と妻の絢子さんから話を聞きながら、鷹女の俳句人生の変遷を丹念に追いかけていく。実は私も吉祥寺に二十年以上暮らしていた。しかし、長く鷹女の俳句に傾倒してきたのに、その住まいのあとなりを訪ねてみようとすら思わなかった。著者の鷹女への思いの深さとその果敢さに改めて感じ入りつつ、鷹女のさまざまな人生の局面と俳句とのかかわりを新鮮な気持ちで読み進めた。
 「成田時代」を読み、成田は私が思っていた以上に鷹女にとって大きい位置を占めていると感じた。産土の時空からどのように詩を汲み上げ、俳句に凝縮させていくかは多くの俳人にとって永遠の課題であるが、鷹女の詩の淵源のひとつは、女学校の裏山、不動ヶ丘周辺だった。裏山の小暗い木下道は地下水脈となって以後の鷹女の俳句を支えていったのだ。
 鷹女が昭和十五年に第一句集『向日葵』上梓以後、高柳重信の招請を受けて昭和二十八年に「薔薇」に同人参加するまで、結社に属さずに俳句を書き続けてきたことは、当時としては稀有のことだったのではないかと思ってきた。俳句書く人間が結社に属さず、自らの作品を世に問うていくことは並大抵のことではないだろう。しかし鷹女は孤独な作業を続けていたわけではなかった。本書によって、昭和二十二年頃から職場句会「ゆさはり句会」を指導していたことが大きな比重を占めていたことを知った。「この句会の指導と付き合いは長らく鷹女の生活の一部だった。鷹女のここでの在り方から今まで見えていなかった鷹女の別な側面が見えてくる」と著者は記す。鷹女は俳壇とはあまり交流のない孤高の作家ではあったかもしれないが、「この(ゆさはり句会―引用者注)交友は長らく続く。この時期の鷹女は一人ではなかった」のだ。
 ゆさはり句会に出した句は昭和二十七年発行の第三句集『白骨』にも多く収録されている。著者は「天が下に風船売りとなりにけり」を挙げ、「(折笠美秋とともにー引用者注)高柳重信もこの句を『昔ながらの鷹女の機智が、次第に深まりを見せながら正確に捉えた不思議な寂しさである』と評価している。『俳句評論』の切れ者たちがそろって評価するこの句が『ゆさはり句会』の兼題から作られたこと。俳壇とはまったく無縁の会社の一サークルの集まりで作られたことに私は嬉しささえ覚えるのだ」と述べている。高名な「鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし」もここから生まれたことを知り、私もうれしくなってしまった。
 戦前はモダニズム詩や新興俳句、戦後は赤黄男や重信など「薔薇」同人たちの作品の影響を受けつつ、時代の空気を敏感に察知して自身の鋭い言語感覚を深化させていった鷹女の俳句は、実は著者、三宅やよいの俳句表現にも通底するものがあるのではないだろうか。自分とひたすら向き合う孤独な営為と、親しい仲間との交流の中で喚起される情感とが織りなすタペストリーが俳句という詩であることを著者は鷹女への旅によって、再確認していったのにちがいない。本書のあとがきには「鷹女が旅の最後にたどり着いた不思議な静けさに満ちた言葉の地平をもう少し掘り下げられるのではないか。と最近考えはじめました」と記されている。著者の鷹女への旅はさらにつづく。

(創風社出版刊・17.4.7 四六判 208頁 本体2000円)
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一句鑑賞「菜の花」

余生とは菜の花に手の届くなり
         中尾壽美子

 余生や晩年、老いという言葉を俳句に持ち込むのはあまり好きではないが、掲句によっていかなる言葉も詩に昇華できることを教えられる。こう書かれると、菜の花はある年代にさしかからないと手にすることのできないはるかな彼岸に灯るあかりのように思われてくる。さまざまな植物を身辺に引き寄せて壽美子は変身を重ねていった。「はればれと水のむ吾れは芹の類」「充分に老いて蓬に変身す」「長生やある時間以後揚羽蝶」…老いていく時間のかくもみずみずしいことに驚くばかり。


(『らん 77号』17.4.10)
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漣すぎるものたちへの挽歌                 ――岡田一実第一句集『小鳥』を読む

 岡田一実さんは七一号(二〇一五年十月発行)かららんの同人に加わってくださった。前年に現代俳句協会新人賞を受賞されている。二〇一〇年には第三回芝不器男俳句新人賞城戸朱里奨励賞を受賞され、その言語感覚の鋭さ、深さが注目された。らん誌でものっけから「男娼と見てゐる菊の豪華かな」「煩悩や地平に月の暮れまどひ」などの作品とともに登場し、私たちを驚かせた。骨太の句があるかと思うと、「うそ寒や首に紐ある抱き心地」「毛衣の雨にあたりて濃く匂ふ」など繊細で濃密な句あり、「キリストは磔刑にして腋涼し」「川に泳げば汝は天啓を受けし蛇」と、モチーフも多彩である。ネットのスピカで「図書館コラージュ」というユニークな俳句創作の試みもされていて瞠目した。一読をおすすめしたい。
 第一句集『小鳥』は二〇一〇年までの作品、第二句集『境界 ‐border‐』は二〇一一年〜一四年までの作品が収められている。らん句友のもとには昨年末に二冊一緒に送っていただいた。第一句集は発行当時四十部足らずだった私家版を第二句集を編むにあたって復刻したものだそうだ。私たちがいま手にしているのはその二刷版である。らん七六号に寄せられた略歴によると俳句をはじめたのは十年前で、きっかけは「十年前に愛犬が他界したこと」と書かれている。
 出立のころの岡田一実の俳句には、すでに今日の彼女がいる。まずは巻頭の一句。

  木よ人よ漣(さざなみ)すぎるものたちよ

「漣すぎるものたち」とはいのちの気配のようなものだろうか。早春のまだ冷たく澄んだ空気が、静かにゆっくりと波紋を拡げていくのが見えてくる。

  あちらから見し芽柳の内側へ
  駈け上がれば水仙肺に痛きかな
  まづ光のびて生まるるしやぼん玉

「あちら」からこちら側へ、「芽柳の内側へ」、いのちの不思議へ潜入していくために俳句はあるのに違いない。「駈け上が」る若いいのちが、あちら側と呼応する。「水仙」も「しやぼん玉」も光を帯びて輝いている。
 光を帯びて震えているものの前に立ちどまる。たちどまるだけでなく、「開いてみる」のが作者だ。

  壺焼の網こんこんと震へけり
  猫柳開いてみるために一つ
  五月雨や尻尾から震はせてゆく
  傘振つて雨粒は万緑の粒

「尻尾から震はせてゆく」のは、愛犬だろうか。雨粒をたたえた傘も尻尾を持つ動物のようにいのちの震えを帯びて万緑を映している。
 岡田さんは生死も宇宙もやすやすと掬い取って自らに引き寄せる。

  火星めく果実のやはらかく冷ゆる
  網の目にさらはれてゆく銀河かな
  囮ある言葉に小鳥ここへ来よ

「火星」と手のひらの「果実」に通路が生まれる。「網の目」の句では私の想念は一つの「銀河」に凝っている。暗い宇宙をさらわれていくのは私なのだ。次の一句はややむずかしいが、私が「囮」を仕掛けた言葉の森へ小鳥を呼び込んでいると解してみた。小鳥の生死を自らの言葉の森の囮に拮抗させているのだ。
 掉尾の一句は、

  夜をゆく夜の中より光の戸

「光の戸」が見えてくる。近づいていくのが怖い。しかし一歩一歩近づいていく。それが俳句なのだというように。
 本句集の局瑤砲蓮短句七七が収められている。歌仙を巻いたときの収穫なのだろうか。あるいは七七という詩型に挑戦してみたのかはわからないが、これも面白かった。

  春の水なら垂直にあり
  弾けたるものすべて風船
  チューリップをも切符としたり

有無を言わさず世界を切り取っていく断定の小気味よさ。しかし、繊細な手さばきものぞく。「七七という器もありだな」と納得させられる。

  ここは夕凪だれも呼ばずに
  火蛾と私つねに火のそば

しずかな充足の入り江に実は激しさが潜んでいることに気づかされる。

  小鳥遥かに星をたのしむ

小鳥は言葉との永遠の随伴を愉しんでいるようだ。


(『らん 77号』17.4.10)
 
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