記憶の海へ

――皆川燈・俳句Site
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懐かしい場所

わが骨もまじりて珊瑚散る海辺

補陀落が近づいてくる野分あと

朱欒ともしてケンムンと二人っきり

天も地もいのちみなぎる辺土(ほとりのくに)

夾竹桃の実は毒もてり拾いけり

白黒の山羊いて潮風は甘し

銀漢をとかして永遠に入江なる

原生林はいつも雨降りバナナ熟れ

しっとりと指にはりつく蛇の衣

手を振ればいよいよ大いなる芙蓉

ハモニカや廃校の池さざなみす

パパイアの青きほとりに目覚めたり

潮騒に三線まじる流謫かな

シャワー熱し神かと思う巨大蜘蛛

磔刑の手足やわらぐアキアカネ

神の居ぬ礼拝堂はあたたかし

病める葦そよぐ秋蚊を匿いて

珊瑚礁へかしぎて白き十字墓

島唄の湧き立つここは妣の国

秋の潮夢のふちまでひたひたと


石蕗あかり乱心というやすけさよ
(らん詠・テーマ「らん」)

(『らん 80号』18.1.10)
『舟歌』以後 | permalink | comments(0) | -

加計呂麻島の同窓会

 一度は行ってみたいと思っていた加計呂麻島行が実現した。島出身で一歳年下の友人が五十年ぶりに開かれる小学校の同窓会に出席するというので、便乗することになったのだ。
 加計呂麻島は島尾敏雄が特攻隊の隊長として一九四四年から終戦までの一年近く駐屯し、のちに妻となるミホと出会った場所である。二〇一七年は島尾敏雄の生誕百年にもあたる。これも何かの縁だろう。
 友人夫妻とは現地で落ち合うことになり、便乗組三人(共通の友人と我々夫婦)は、奄美空港からレンタカーで珊瑚礁の海辺をたどりつつ名瀬に着いた。私は北国生れだが、この南の島がなぜかとても懐かしく感じられる。亜熱帯の原生林の空気が細胞に浸みこむようだ。翌日は図書館の島尾敏雄記念室や図書館長をつとめた島尾さん一家のいた旧官舎を見学後、古仁屋からフェリーで加計呂麻島の生間港に上陸。夕暮迫る呑之浦で特攻挺「震洋」を隠した岬を辿り、静まり返った入江に佇んだ。
 翌朝、友人夫妻と合流して廃校となって久しい木慈小学校へ向かう。集まった男女十名は島を離れて久しい人たちばかり。ジャングルと化した校庭の片隅で担任の先生のハモニカに合せて歌う校歌に聞き入った。
 夜は古仁屋のお寿司屋さんで開かれた宴の席に潜入。三線の島唄に合わせて、みんなで島の踊りを踊った。私も前世は加計呂麻島の出身だったような懐かしい夜だった。

(『らん 80号』18.1.10)
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雨の樹のほうへ 42

うたたねの流れつきたる春の岸 (『雨の樹』)

 「らん」は六名の同人で一九九八年二月に創刊された。創刊号の巻頭に清水径子が寄せた「冬青空」という文章の一部を改めて紹介したい。

 平成九年も押しつまってから、ようやく発足に踏み切った俳句同人誌の誌名が「らん」と決定した。いい名だとみなが気に入っている。「らん」という言葉の響きから、忽ち耕衣命名の「らんまん」、その無垢な重量が偲ばれるし、「蘭」の連想は清楚美貌の花。乱・嵐・藍(あい色)、おまけにrunなど自由に想像すれば、ちらりと野性なども見え隠れする。純粋でまことに気のいい独善ながら、「らん」という命名は、これから先、なにか新しい仕事を暗示するようで楽しいという明るい声が聞こえたりもする。
 平成九年八月二十五日、永田耕衣先生が遂に逝去された。無念の思いというよりも、もっと身近な淋しさに汗の引く思いだった。この時「人生は短いよ」と九十七歳の耕衣の声が私には確かに聞こえた。「今を大切にせよ」私にはそう感じられた。
 無常とは、あらゆるものが生滅変化してゆくことだと知れば、死や別れが無常であるのと同じく、今ここに生れおちて、行方も定まらぬ「らん」は、また、無常の海の只中だと言えるかもしれぬ。もう、真っ直ぐに前を見て歩くことしかないだろう。

 それから二十年がたち、径子の巻頭言はますます輝きを帯びて私たちの前に置かれている。俳句を共通のテーマ
として一冊に集い、毎号俳句を書きながら、少しでも自分の引き受けた俳句という詩形に新しさを盛り込むことができただろうか。流れついた春の岸でふと目覚めたとき、自問自答する。答えは見つからないから、ふたたび歩きはじめる。径子がたしかに聞いた「人生は短いよ」という耕衣の声が、三十年を経たいま、実に重たい真実として、ひたひたと春の岸を洗う。「真っ直ぐに前を見て歩いていくことしかないだろう」。
創刊号の径子の作品の中に次の一句があった。

  青き帯すれば満面早春よ     径子

 うん、ちょっと元気が出てきた。

(『らん 80号』18.1.10)
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バルセロナ

風車二基わが虎の斑の青岬

精霊と遊びほうけて干し草まみれ

地獄めぐりのはじめ珊瑚のかみかざり

蛍袋ゆらせば母のほぐれゆく

母系たどりてからっぽの桐箪笥

花火の谷間背負いし神が重くなる

秋雨が黒旗濡らすバルセロナ


秋蛍棲む黒旗のたたみじわ  
(題詠「旗」)

(『らん 79号』17.10.10)

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金子彩・愛蔵三句

ユダ恋うとき狼の毛の代赭色

青野とはユダと撲ちあうところかな

難儀かな花野でユダが手招くは

(『らん 79号』17.10.10)
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耕衣一句鑑賞――『吹毛集』を読む

鳥は雀芹は短かき故揃ひて

 掲句を記憶していたのは、清水径子の『雨の樹』に「小鳥は雀芹はみじかき須磨の方」の句があったからだ。いま改めて『吹毛集』をひらいてみると掲句から二句おいて の次に「近海に鯛睦いる涅槃像」を置いて、

  降り行きて短かき芹を撫でにけり
  青天や芹短かしと言い捨つる
  川芹の短かき事に世を忘る
  芹籠に乗り行く芹に我劣る

と、芹の句がつづく。
  丈の短い芹が澄んだ川の岸辺に群生している。耕衣はその河原に降りていき、短い野生の芹を撫でた。川の流れは芹の根もとを洗いながら過ぎていく。川芹の瑞々しい緑、撫でたときにふわっと立ち上った野の香り、その丈の野生そのものといった短かさに、耕衣は自らの俳句を重ね合わせたのだろうか。「短かきゆえ揃いて」は省略の美学の謂いだったのだろうか。
径子はそんなことなど、思いはしなかった。ただ耕衣の棲む須磨の短い芹が映えている川辺を思い、散策する耕衣のもとへ雀になって飛んで行ったのだ。  

(『らん 79号』17.10.10)
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雨の樹のほうへ 41

生の直後水色野菊かな (『雨の樹』)

 去る六月に亡くなられた金子彩さんと清水径子は一九一一(明治四四)年生まれの同い年だった。径子が亡くなったのは二〇〇四年、彩さんが「らん」の同人に加わってくださったのは二〇〇七年。二人が「らん」で出会うことはなかったが、径子なきあと、同い年の彩さんが「らん」に立ちよってくださったことに不思議な符合を感じる。
 二人の俳句世界はことなるが、死に近い最晩年の日々を、転生や変身によって俳句に呼び込みつつ、自らの美学へと昇華させようとしたエネルギーには似通ったところがあったかもしれない。彩さんは「転生をやめて春満月へ歩き出す(「らん」73号)」「転生三度目の脂百合ですよ」(「らん」76号)……こんな転生の句を残した。「転生三度目の脂百合」には一〇六歳という心身への万感がこもっているだろう。
 径子の「野菊」の句からは、耕衣の次のような野菊の句が浮かび上がってくる。

  蹴り伏せて野菊水色なる故郷  (『吹毛集』)
  夢みて老いて色塗れば野菊である (『惡靈』)

 掲句は径子最後の第四句集『雨の樹』に収められている一句だが、野菊の句は第一句集『鶸』から登場している。

  野菊流れつつ生ひ立ちを考ふる(『鶸』)
  流れより野菊を拾ふめぐりあひ(『哀湖』)

 耕衣の描く野菊は、野菊の咲き乱れる魂の故郷を象徴している。それは「野菊道数個の我の別れ行く」(『闌位』)や「荒野菊身の穴穴に挿して行く」(『冷位』)なども同様である。
 いっぽう、径子の野菊は自らを投影した、いわば自画像と読める。掲句は「転生の直後」という時間の切り取り方がユニークである。直後は水色だがその後次第に色が変わっていくのか、あるいは水色野菊から別物になっていくのか、わからない。いずれにしても「転生直後」の「水色野菊」には耕衣への熱い思いと同時に、「老い」を脱ぎ去る初々しい命への希求がこめられている。

  露なんぞ可愛ゆきものが野に満つる 『雨の樹』
  鵜と遊びわれも胸張るこころもち    
  たましひの色まだ薄きもも畑      

 こんな瑞々しい句を滴らせつつ、径子の晩年の日々はすぎていった。耕衣、径子、彩さんの遺した「晩年」は俳句の膂力をつきつけてくる。

(『らん 79号』17.10.10)
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リ リ

えご降るよ終の棲家のきざはしへ

虹立てば銀の鉛筆が香る

暗殺など知らぬ鳥籠さみだるる

鳥籠老いたり光る風をため

万緑や世界がリリと砕け散る

いのち甘ければ梟が吸いに来る

鳥の巣を拾いぬ迷宮はこれか


父の見し虹なり近づいてゆく
 (題詠「父」)

(『らん 78号』17.7.10)
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【句集評】巣という迷宮――増田まさみ第五句集『遊絲』を読む

 句集をひらくと、巻頭の一句からたちまち未知の言葉宇宙が立ち上がってくる。一句一句が暗黒の宇宙空間にぽっかりと浮いた天体のように謎めいて存在している。増田まさみの句集は、いつでもそんな驚きと感動を私にもたらしてくれる。最近観た映画『メッセージ』では、未来予知能力のある言語学者が時間の流れを逆流させるかのような脳内トリップ(?)によって、異星人との意志疎通の鍵を見つけていく。
 増田まさみの俳句は遠い未来からの伝言のようでもあり、太古からの消息のようでもあり、異星人との対話のようにスリリングである。解読のきっかけをつくるのは記憶の古層に埋められている化石かもしれないが、それが実はこれからやってくる未来かもしれないという逆転を秘めている。

  かげろうや太古を奔るわが屍
  あめつちや罪か罰かと亀鳴いて
  紅梅や先祖返りの舟いでゆく

 いちおう、季語が第一のキーワードということになるだろう。「かげろう」は時空をワープする通路だ。だから太古へたちまちに降り立てるし、未来の私が屍となって走ることもありだ。
 次の句はちょっとむずかしい。実際の亀は鳴かないのに「亀鳴く」という季語自体、シュール。で、鳴かないはずの亀が「罪か罰か」と鳴いているのは、「あめつち」つまり世界の有り様自体への疑義のざわめきなんだろうな。
「紅梅」は妖しい。色も香も悩ましい。紅梅の辺りにはいつも小暗さがたちこめている。「先祖返り」は、辞書によると「生物が進化の過程で失った形質が、子孫において突然現れること」だそうだ。この舟は、お椀の舟に箸の櫂で決まり。死者に向かう旅はミクロの決死圏への出発なのだ……。
 このように読むことも許されるだろうという融通無碍な懐の深さが、増田まさみの俳句を魅力に満ちた迷宮にしている。
 迷宮と言えば、こんな句がある。

  老鶯や巣は迷宮と言い添えて   まさみ

 「老鶯」は必ずしも老いた鶯と考えなくてもいいとはいえ、世界を差配する老いた魔女のようなイメージを喚起する。この句はぜひとも隣に鷹女の、

  老鶯や泪たまれば啼きにけり   鷹女

の一句を置いて、じっくり味わいたい。鷹女の句は晩年のやるせなさがにじむ。「啼きにけり」が激しくも切ない一句だ。いっぽう、まさみの句は、「巣は迷宮」と謎めいた伝言を残して飛び去った老鶯が幻視される。からっぽな鳥の巣のふんわりと風をはらんだような軽やかさも伝わってくる。
 句集に分け入るにつれて、少しずつ謎が解けていく。

  誰も去(い)ぬ天上へ巣を返すため
  淡雪や巣藁に潜むおとうとよ
  晩秋の鳥籠のまま翔びゆけり
  鳥籠に数羽のわれや山ねむる

 なるほど、巣は森の奥に残されたわけではなかったのだ。あなたも私も使徒、老鶯に導かれて、いずれ巣という迷宮を天上へ返すために旅立つ存在だ。この迷宮は淡雪をかぶり弟を匿ってやさしい。巣という迷宮には地上ですごした時間が丹念に織り込まれているだろう。鳥籠は梢にかかる巣への憧れを秘めた哀しい、もう一つの迷宮だろう。
 さて、本句集は〈機/紊侶蝓咫勠供\罎侶蝓咫勠掘”の穴〉に章わけされ、帯文には「〈穴〉は再生のシノニムである」と記されている。

  緑陰や穴には穴を充たしけり  
  人体の穴は灯りか萩かるかや
  蝉穴も火口もさみし歯を磨く
  からっぽの柩なれかし冬北斗  

 穴は土の匂いがする。蝉穴も火口もさみしいが、口腔もさみしい穴だ。そのさみしさは命そのもののさみしさ。穴の暗がりは産道のほの暗さだ。巣は魂の入れものとなって山野を飛び、穴は地にあって命をかもす。だから柩はいつもからっぽなのだ。
 表紙画は川柳作家墨作二郎氏の手になる。また、集中には畏友六車明峰氏のまさみ句をしたためた「書」、山中ゆきよし氏の詩が収められていて、増田まさみを愛する人々の思いが伝わってくる。

(『らん 78号』17.7.10)
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百花繚らん【選評】

●稲瀬白子
白藤の我を忘れている母よ
丁寧に冗談言って苧環の花
認知症ともいう花馬酔木咲く
健忘のいとたくましき豆の花
※俳句の素晴らしさは何と言っても短さにある。多くを語らないからこそ、万感の想いが伝わってくる。「白藤」も「苧環の花」も「花馬酔木」も「豆の花」もこのように母であったことがあっただろうか。

●稲冨昭
雷鳥の落石ひゞく長き尾根
花影の石疊踏むさりながら
※「雷鳥の落石」は雷鳥が飛び立つときに崖の小石が転げ落ちたということだろうか。雪渓に木霊する落石の音が耳を離れない。二句め、「さりながら」に、「露の世は露の世ながら……」の一句が木霊のように重なる。立山や上高地の初夏のすがすがしさのあとから寂しさがやって来る。

●海上直士
菖蒲草訪ねて来たのは須佐之男か
ボクシングまねしてみせる父の病
※俳句は詩である。まずは季語や五七五と格闘してほしい。「菖蒲草」の一句は、季語が神話の主人公にリアリティを与えて愉しい。二句めにも、「父の病」が立ち上がる季語がほしい。

●桔梗たかお
芹くらき水を流してひと澄めリ
藪枯し空を摑みてから墓へ
はつなつの風や恋風躱しゆく
※一句め、「芹」の根を洗い流れる水を「くらき」ととらえ、芹が人間の穢れを身代わりになってくれたと見たと読んだ。「藪枯らし」も「初夏の風」も「ひと」の変身態として感受すると、面白い。俳句ならではのマジックである。

●柴田獨鬼
花の翳幽かな風の異界より
この国の螺旋階段夏隣
香水や壜の底より忘れ物
※異界より吹きつける「幽かな風」と「花の翳」を配した繊細さに共感した。「この国の螺旋階段」という把握も意表をついている。香水の壜の底にある忘れ物、何だろう。気になる。

●関根順子
うららかやゴディバの箱のリボン解く
「猫町」は路地奥にある冬のまち
花曇り詩人になれそうなんとなく
※「うららかや」という季語に「ゴディバの箱のリボン」はユニーク。「詩人になれそう」という感慨が「なんとなく」とはぐらかされるのも愉快。俳句ならではの奇襲をさらに。

●所薫子
飛鳥路を友と語りてスニーカー
青空にエゴノキ咲きてクマン蜂
※「飛鳥路を」の句、スニーカーのかわりに季語を工夫すれば、友との旅がくっきりと浮かび上がってくるのでは。「青空にエゴノキ咲きて」は面白い表現だが、「えごの花」という季語を使えば「咲きて」は不要。その分でさらにいろいろなことが言えそうでもある。

●丸田和子
花すぎの雨のしづけさ戻りけり
一枚のハンカチの花捨てかねて
春の夜の夫の骨壺けぶりたる
夏蝶に行きも帰りもさようなら
※俳句に詩を盛り込むことをよろこびとしている方と思う。「花すぎの雨」と「しづけさ」の取り合わせがみずみずしい。二句め、「捨てかねて」が効いている。「骨壺けぶりたる」には圧倒された。次回作が愉しみだ。

(『らん 78号』17.7.10)
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