記憶の海へ

――皆川燈・俳句Site
<< June 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
<< びしょぬれ | main | 『らん 68号』同人作品十七句を読む >>

雨の樹のほうへ 31

手を入れて野川の春をそそのかす   (『雨の樹』)

 退職して「毎日が日曜日」を満喫している。この満喫の大きな部分を占めるのが、日々の散策である。国分寺は起伏に富んだ地形だから、散歩コースに事欠かない。太古の多摩川が削った崖、国分寺崖線の湧水、武蔵国分寺跡の遺跡群、そしてJRの国分寺中央線駅北側に広大な敷地を擁する日立研究所を水源とする野川……今日はどこの道をたどろうかと悩むのが、また楽しい。
 野川は街の中をさまざまに表情を変えながら流れているので、野川が伴走してくれるコースについ足が向く。川の始まりが山奥ではなく、駅近くの研究所の敷地内というのも不思議である。名前も気に入っている。シンプルでいて、いかにも武蔵野をかろやかにかけぬけていく愛らしさを感じさせる。
 野川を眺めるたびに掲句を思い出す。春はひとしおである。野川は一般名詞の野辺の川のことだろうが、私は大好きな野川を径子が俳句に残してくれたと思うことにしている。この一句、野川の愛し方がすばらしい。水辺に降りたって流れに手をひたす。それだけのことなのに、とろりと濃厚な春の水から生まれたピチピチした命のかたまりを手のひらに感じているようにリアルだ。「野川の春」とすることで、いま野川に生まれた春がみずみずしい肉体性をもって立ち上がってくる。擬人化というレトリックとは別の位相で、春のいのちと遊ぶ作者がいる。
 掲句を収めた『雨の樹』は径子九〇歳の句集で、翌二〇〇二年第一七回詩歌文学館賞を受賞した。句集のあとがきには「老いという体力の減退はやむを得ぬ事ながら、この頃しきりに『いのち』という言葉に心惹かれるようになった。『いのち』こそ、森羅万象、動植物に等しく与えられた生の原動力であると思うからだ」と記されている。「いのち」という言葉に私も立ち止まる。
 今号のらん詠のテーマはくしくも「命」、出題は五十嵐進である。先ごろ「らん」に連載中の「農をつづけながら」も収めた『雪を耕す』を上梓した。3・11以降の日々を福島から発信しつづける五十嵐が選んだ「命」という言葉が、俳句を書く私に深く突き刺さる。

(『らん 69号』15.4.10)
雨の樹のほうへ | permalink | comments(0) | -

スポンサーサイト

- | permalink | - | -

この記事に対するコメント

コメントする