記憶の海へ

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雨の樹のほうへ 37

糞ころがし笑つて居れぬ手を貸しぬ (『雨の樹』)

 最近、正津勉の『乞食路通』を読んだ。この本は路通と芭蕉の魂の通交を描くものだが、私は路通を清水径子の一文によって知った。「らん」五号に掲載されたもので、琵琶湖畔での芭蕉と路通の出会いが、物語風につづられた一風変わったエッセイだ。路通は蕉門人に嫌われ、芭蕉のもとを去っていくが、「気になる人である」と一文は結ばれている。
 私にとっても、それ以来路通は気になる存在だったが、ときどきふと思い出すのみで時間が流れた。『乞食路通』との出会いは径子との再会のように思われた。この本の副題は「風狂の俳諧師」である。「風狂」とは、辞書によれば、「風雅に徹すること」「常軌を逸すること」とある。では風雅とは何かというと、「詩歌・文章の道。文芸」、また「蕉門で、俳諧を言う」とある。なにか堂々巡りの感があるが、煎じ詰めれば、風雅=俳諧に徹するとは、常軌を逸脱する、すなわち世間の規範の外に出るとでもいうことになるだろうか。芭蕉は何度も旅に出たが、さまざまなしがらみを断ち切れず、ついに風狂を生ききれなかった。根っからのホームレス、乞食坊主の路通の人生は風狂そのものだったと正津勉は語る。
 径子はさきの文章で路通の一句、

  鳥共も寝入つてゐるか余呉の海

を引いている。径子はこの句が好きだったにちがいない。風狂の俳諧師とは、自然に共振する詩人である。動物や草木に同類として心を寄せることが自然にできてしまう人である。どちらかと言えば、人よりも自然の生き物のほうが好きな人たちかもしれない。
掲句を初めて句会で目にしたとき、「糞ころがし」に驚き、「手を貸しぬ」に驚いた。そういえば径子にはこんな句もあった。

  檻の狸とまんじゆう頒つ老いたれば  『鶸』
 
 径子は風狂などどこ吹く風だったかもしれないが、これらの句を見ると、風狂の俳諧師、路通と俳句の心は通底していたように思われる。石段の上の、雲に乗っかったような可愛らしい小さな家を舟として、一人、雲海を旅していたのかもしれない。

(『らん 75号』16.10.10)
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