記憶の海へ

――皆川燈・俳句Site
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百花繚らん【選評】

●稲瀬白子
無表情という安堵あり夏の果て
この思慕の茂りや足元暗くして
しょうがないなぁもう と烏瓜の花
※一句め、「無表情」が「安堵」の仮面であることをこの句は告げている。「夏の果て」の憂いが翳を濃くする。二句め、「思慕の茂り」に立ちどまった。思慕と茂りの結びつきがいい。「思慕」に草の濃い匂いが立ちのぼる。三句めの口語も、烏瓜の剽軽な花に似合っている。

●稲冨昭
黄金虫産み継ぐ黄泉の矛と盾
滝壺にアダムとイブの日記読む
霍乱の白き次元や亀に乗る
※「アダムとイブの日記」には初原の言葉が煌めいているだろう。水が激しく落ち込んで泡立っている滝壺こそそんな日記を読むのにふさわしい場所である。不思議な場所がもう一つ。「霍乱の白き次元」から亀に乗る。夏バテで横たわる夢の底で見た夢だろうか。

●海上直士
往来の 葉の上光る 天の川
朝鳥の 声聞こえて 黄金色
※外界と自分の接点を敏感に探って俳句に凝縮しようとしている。葉の上に光る天の川の発見、朝の囀りを黄金色ととらえる言葉感覚をさらに磨いてほしい。上中下の間の一字明けは必要かどうかよく吟味してください。

●桔梗たかお
句読点なき曼珠沙華手折るかな
黒揚羽時刻表にはない時間
かなしみの一球をみる夾竹桃
※季語から未発掘のパワーを掘り起こして詩にすることは、俳句を書くときの醍醐味だろう。「句読点のなき曼珠沙華」は比喩が見事。時刻表にはない時間を飛ぶのは「黒揚羽」しかいないだろう。「夾竹桃」の「一球」は野球ととらないほうが面白いと思った。

●小林はるみ
立ち尽くす母の両手の菜種殻
のうぜんの盛る家宅を弔問す
空蟬を集めて息を吹き込みぬ
※一句めの「菜種殻」がいい。茫然と立ち尽す母に万感の思いがこもる。命を盛りと咲く「のうぜん」が弔問の家の悲しみを深める。「家宅」が「火宅」に重なる。空蝉に息を吹き込むのは魂の錬金術だろうか。悲しみがにじむ。

●柴田獨鬼
夕立に追はれ少年新記録
優しくはなれぬ終日溽暑かな
虫のこゑ右耳ばかりよく聞こえ
※一句め、「夕立に追はれ少年」まではすごくいい。しかし「新記録」はどうだろう。ここから「詩」にどうもっていくか。あと一歩深めていきたい。二句め、「優しくはなれぬ」理由が「溽暑」であるようかのような単純な構成になってしまっていて惜しい。三句めは「右耳ばかり」が巧み。「虫のこゑ」が聞こえてくるようだ。

●関根順子
ゴスロリは真夏の夜の夢誰の夢
背が切れし空蝉がゐる刹那
更衣してがらんどうなるマトリョシカ
真昼なり古いオルガン拗ねてる夏
※一句め、「ゴスロリ」という現代のマジカルな省略語を俳句に持ち込んだチャレンジ精神に乾杯。「真夏の夜の夢」も効いている。背が切れた空蝉、がらんどうのマトリョシカ、古いオルガンの拗ね具合にも作者ならではの感受性の鋭さを感じた。

●所薫子
廃線のシグナル錆びて蝉しぐれ
受験生帰省できぬと蝉の穴
空蝉の宿を揺らしてアイスバーグ※一句め、宮沢賢治の世界を連想した。「蟬しぐれ」で世界に季節の深まりが生まれた。二句め、「蝉の穴」が受験生の棲家のように思われるところが面白い。三句めの「アイスバーグ」は薔薇の名前だろうが、氷山と重ね合わせると空蝉の足のひんやり感が伝わってくる。

●三浦榛名
幽霊を連れてきにけり祖母の声
蝉時雨無口になりぬ二人連れ
取る物が見えなくなりて夏の果
※祖母は母系の象徴である。一句め、祖母が連れてきた幽霊はその母かもしれない。二句めの二人連れも祖母と幽霊の二人連れだろうか。蝉時雨が三千世界に充満する。三句めの「取る物」とは、いざというときに持ち出すべき大事なものだろう。祖母の身辺のことなのかもしれない。作者が母系を見つめている。

(『らん 75号』16.10.10)
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