記憶の海へ

――皆川燈・俳句Site
<< July 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 「茶化し」の行方――鳴戸奈菜第八句集『文様』を読む | main | 伝言〜短歌もどきの試験管をゆさぶって〜 >>

「『狂うひと』の哀しみ」

 梯久美子の『狂うひと』を一気に読んだ。島尾ミホの評伝ではあるが、もう一つの島尾敏雄論といってもいいだろう。特攻隊の隊長としてミホの住む加計呂麻島に着任した島尾敏雄は、ミホの「隊長さん」である以上に「小説家」だったのだ。 
 読み進むにつれて、学生時代に『死の棘』を読んだときの衝撃が昨日のことのようによみがえってきた。「あいつ」をめぐる二人の強烈なぶつかり合いに息をのみ、狂ったミホと一緒に精神病院に入院する敏雄に、私もミホのように「隊長さん」を見ていた。「私の隊長さんはどこにいってしまったのでしょうか」というミホの嘆きが、私の心にも焼きついて離れなかった。加計呂麻島は私にとって、対幻想の聖地のように思われた。
評伝では『死の棘』の起爆剤ともいうべき「あいつ」をついに探し当てる。ミホの知られざる心模様も明かされていく。膨大な資料をもとに十年を費やした丹念な作業に圧倒されるとともに、どうしようもない哀しさを禁じ得なかった。
 島尾敏雄は女たらしである。悪い奴である。そしてとてつもない作家である。ミホは自身にはからずも付与された「巫女性」を汚すことなく体現しつづけるために狂うしかなかったのだ。戦争をこのような形で生涯にわたって引き受けた作家が存在し、戦争をこのような形で受苦しつづけた、作家の伴侶が存在した。この重さに改めて向き合わされた。

(『らん 76号』17.1.10)
俳句をめぐって | permalink | comments(0) | -

スポンサーサイト

- | permalink | - | -

この記事に対するコメント

コメントする